驚くほどしっとりなマドレーヌ、さくっとした食感に栗の味が残るサブレ、ささやかに確かに香るバニラケーキ…..。
「焼き菓子屋カトルカール」のお菓子は、シンプルで優しく、食感や後味に丁寧なこだわりを感じます。
11/23、カトルカールを営む黒田千遥さんを「八王子天神町OMOYA」へ招き、オープニング記念トークを開きました。
黒田さんは2018年より、国立市のシェアキッチンを拠点に焼き菓子を製造し、イベントやネットで販売しています。
また昨年9月からは、「くにたち福祉会館」1階に入る「喫茶わかば」の店長としての顔もお持ちです。
トークは対話形式で、お菓子作りの原点からお聞きしました。
そのお話からは、好きや夢中の強さ、小さく始めることの可能性、それらの背中を押す環境(≒場)について、考えることになりました。
「学校に行かない」と自ら選択する
「自由なパティシエ」と名乗る黒田さんが、お菓子作りに目覚めたのは小学1年生の頃。
当時、黒田さんは小学校が嫌いで、家で過ごしたり、保健室登校をする日々を送っていました。
家にいる時間にお母さんの道具でクッキーを焼いたのがきっかけで、お菓子作りに夢中になったと言います。
学校に行かない黒田さんに対して、お母さんが悩んでいる様子を見せることは一切なかったそうです。
「学校に行かなければという葛藤はおそらくありませんでした。親がそう言わなかったし、同級生に不登校の子がいたり、二つのフリースクールをはしごしたり、たくさん仲間がいたからかな。自らの選択として、学校に行かないと決めていたのです」(黒田さん)
小学5年生から通い始めたフリースクールでは、自作のお菓子を友人にふるまうように。「ちはるちゃんのお菓子美味しいね」と言われることに喜びを感じ、自然と「パティシエになれるかも」と思うようになりました。
フリースクールでは、さまざまな事情を持つ色々な年代の子が同じ部屋で過ごし、その中でコミュニケーションを学んだと言います。
その後、自由な校風の中学校、都立の高校を経て、製菓専門学校に進みます。
研修先での辛い経験から、一時期お菓子作りから離れそうになるも、「気がついたらオーブンを買っていました」という黒田さん。
このエピソードを聞き、夢中を受け入れられた原体験があるから「好き」を貫き、再び前を向けたのだと感じました。
好きなものは好き、嫌なものは嫌。その素直な意思を受け入れられる環境があれば、子どもも大人も人と違うからと苦しむこともなくなるのかもしれません。
小さく始められるシェアキッチン
黒田さんが、一人でお菓子作りを仕事にするために見つけたのが国立市にあるシェアキッチン「おへそキッチン」でした。
シェアキッチンのメリットはどんな点でしょうか。
菓子製造許可を取得できる厨房を個人で持つのは、コストがかかるしリスクも大きい。
でも、時間制で借りられるシェアキッチンなら、初期投資を抑えられます。
また、設備費も分担でき、初期費用だけでなく、ランニングコストも節約できます。
シェアすることで、専門設備が揃ったキッチンを使って、小規模から飲食業を始めることができるのです。
「シェアキッチンは他の利用者と顔を合わせる機会がないことがネックです」と黒田さん。
しかし、出店するマルシェで会ったり、SNSを通じて、他の利用者と相談できて良かったと振り返ります。
その後、カトルカールは徐々に地域の口コミで広がっていき、開始から1年ほどで経営は安定したそうです。
個人で事業を始められるシェアキッチンの可能性を感じると共に、コスト以外にもシェアによるメリットを享受できる仕組みがあり得るかもと、ヒントをもらった気がします。
喫茶店店長として地域とつながる
昨年9月には、お菓子を卸す話から飛躍し、「喫茶わかば」の店長に就任しました。
黒田さんは「お菓子を通じて地域でできることがないか」と日々考えていて、引き受けることにしたそうです。
喫茶わかばでは、それまでレトルト中心だったメニューを一新。
近隣のシェアキッチンで作ったランチを週2回提供し、カトルカールを含む4店舗からお菓子を仕入れて販売しています。
またイタリア発祥の「保留コーヒー」にヒントを得て、「わかばコーヒーチケット」を取り入れました。
見知らぬ誰かのためにコーヒー代を前払いができるシステムで、チケットを購入したら店内の黒板に貼り、他の人がそれを使い飲み物を注文できます。
「福祉会館は困りごとを抱えた人たちが来る場所で、その人たちにとって喫茶店に入るのはハードルが高いこともある。喫茶店を多くの人に使って欲しいという思いで取り入れた仕組みです。喫茶わかばを通じて、一人だとなかなかできない地域とのつながりが生まれています」(黒田さん)
お家もフリースクールもシェアキッチンも、型にはまらない黒田さんがありのまま成長できる場でした。
そうした場を自ら選択したと実感できることが大切なのだと、自然体で今を楽しむ黒田さんの姿は教えてくれます。
そして「喫茶わかば」も、誰かにとっての小さな挑戦を後押しし、社会とつながるきっかけの場になっているのでしょう。
たくさんの選択肢があり、それらと正しくつながることで、「普通」も「はみ出す」もなくなって、それぞれの世界は広がっていく。
黒田さんのお話を聞き、「八王子天神町OMOYA」も、誰かにとっての「好き」や「やってみたい」を、「いいじゃん!」と受け入れ後押しできる場になっていったらと強く思いました。
OMOYAのファクトリーキッチンも菓子製造許可を取得していて、OMOYAメンバーになることで本格的なお菓子作りができます。
また、庭に向かって設けたテイクアウト窓で、販売することも可能です。リビングや庭のベンチで、テイクアウトしたお菓子やドリンクを楽しむなんてこともできるかもしれません。
また、住民や他のメンバーなど、シェアキッチン利用者だけでない人たちが同じ建物を使います。
こうした使い方や関わる人の幅広さが、それぞれの規模や状況に合ったチャレンジの背中を押していくのだと思います。
OMOYAの空間が、お菓子が焼ける甘い香りで満たされる日が待ち遠しいです。
(玉木/まち暮らし不動産インターン)
ゲスト:黒田千遥さん 焼き菓子屋 QUATREQUARTS(カトルカール)
小学校に馴染めず家でお菓子を作るようになったのがきっかけで、パティシエを目指すが、働き方に疑問をもち一度お菓子作りから離れてしまう。2018 年 25 歳の時、地元国立市のシェアキッチン「おへそキッチン」と出会い、焼菓子屋 QUATREQUARTS を開業。素材にこだわり、シンプルだが記憶に残る菓子作りが得意。